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朝起きてみると、泊のお腹がしくしく痛む。もともと胃腸が強くないのでちょっと昨日食べ過ぎたかな、程度に思っていたが、痛みはどんどんひどくなり、のた打ち回るほどになる。やば・・。もしかして食あたり?薬を飲んで足繁くトイレに通うが、状況はますます悪くなる一方。そのうち気分まで悪くなってきて、もしかして帰れなくなってしまうのではないか、と思ったが、数時間の苦しみの後、ようやく痛みが引いてきた。なんとか持ち直したのは昼過ぎになってからである。結局今日も朝ご飯食べられなかった。相原君、ごめんね。(いえいえ、こちらこそ色々お世話になりましたから:相原)でも、二人とも全く同じ物を食べているはずなので、何にあたったのか、見当がつかない。まあ、泊の胃腸が弱ってたのだろう。

さて、気持ちを取り直して昼食。お粥に油条、豆乳、点心とまさに朝ご飯。でも油条プラスお粥は非常においしい。その後、地下鉄で瑠璃广に行く。もう13時である。ここは、骨董品とか、書道関連の店が軒を連ねていて、中国らしいおもしろい物がところせましと売られている。うろうろ歩いていたら、印屋を発見。とりあえず、入ってみる。結構安いのでお土産に書道用の印を購入。彫るのをみせてもらう。1cm角ぐらいの細い石材に筆でちょちょいと下書きをし、あとはノミひとつでフリーハンドで彫って行く。見事なものである。出来上がりもとても満足の行くすばらしいものであった。後で分かったことだが、この店のご主人は我々より4歳年上なだけなのに中国美術館とかで展覧会を行うほどの名人だったらしい。どうりで上手いはずである。店を出てうろうろ歩く。いろいろ面白いものは売っているのだが、なかなか、これ、と言うものを選ぶのが難しい。結局そのあたりを4〜5往復ウィンドウショッピングしたあと、別の店で印を買ってみることに。これまた見事な出来映え。調子に乗っていろんな印屋さんで二人で7つも印を買ってしまった。店、つまり彫り師によって出来上がりに個性があって面白い。値段も日本で買うより全然安いし、良いお土産ができた。

相原はお茶屋で1瓶120元の超高級ジャスミン茶を購入。さらに、その店で出された緑茶のクッキーを購入。

気づいたらもう6時。午前中の泊の腹痛のせいで出発が遅くなったため、今日は「印買いデー」になってしまったが、まあいいだろう(よくない!でもまぁいいや:相原)。とりあえず、ホテルに戻ることに。

ホテル近くの地下鉄の通路には毎日きまって物乞いのおばあさんが居るのだが、恐らく孫だと思われる小さな男の子を連れている。いつもは男の子は眠っているのかぴくりともせず、他人ながらにそばを通りながら心配になっていたのだが、今日は起きて動いていた。でも、明らかに元気がなさそうである。中国は社会主義の割には結構物乞いが多い。特に老人が多いようで、彼らの近くを通るたびに心が痛んだ。とりあえず、その男の子連れのおばあさんに、生活の足しになればとわずかであるが寄付することにする。何とか病院につれていってもらえればいいけど・・。

さてホテルに着いて晩御飯を食べることに。泊のお腹がまだ本調子ではないので、近場で済ますことにする。火の良く通ったものがいいだろうと、おとといすごくおいしかった火鍋を食べることに。おとといとは別の店(おとといの前の日に行った店)に行ってみると、海鮮の火鍋があるということなので、それを注文。小エビとかナマコとかイカとかその他色々な食材で取られたダシは結構あっさりとしていておいしい。きしめんのようなビーフンみたいなのが目新しく、びよーんびよーん、って伸びる様が面白かった。もちろんおいしかった。二人ともかなり満足してホテルに戻る。でも、個人的にはおとといの辛い火鍋の方が好きかな(泊)。

中国最後の夜なので、ホテルのバーに行くことになった。いまいち雰囲気が良くないけど、まあ、いいかな。この10日間の色々な出来事について二人で話した。

ツアーでは決して味わうことが出来なかっただろう、スリルや感動、生活の匂い。本当に素晴らしい旅であった。

でもやはり、思うのは、言葉の問題である。必要最低限の日常会話はなんとかなったとはいえ、やはり、もっと話せればもっとおもしろいだろうに、と思うことは多々あった。でも、こっちの人はぶっきらぼうであるがすごく親切な人が多く、何度も助けられた。

とにかくあらゆる意味で、中国という国の歴史の深さとスケールの大きさに驚愕されられた10日間であった。

 

おしまい。

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