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またもやゆっくり目の起床。だって起きられないんですもの。いわえん行きのバスが出ているはずの前門まで地下鉄で行き、バス停を探すが、なかなか見当たらない。いろんなひとに尋ねてようやくバス停を見つけたが、歩いて行く途中で、乗合の小バスのおばちゃんが「いわえんーいわえんーなんとかー」と叫んでいるのに促されて乗ってしまう。でも、なかなか出発しようとせず、客を探すためにそのあたりをぐるぐる回り始めたが、結局誰も乗らず、なぜか再び同じとこに戻ってきた。それでもそれ以上乗る人はいなかったので、さすがに諦めたらしく、名残惜しそうに出発した。これは一人6元。まずまずかな。

1時間後くらいに、いわえんに到着、入場。目の前にでっかい湖が広がり、非常に良い景色だ。とりあえずおなかへったので飯くおうとしたが、店が見つからない。土産とか飲み物の店ばっか。しょうがないので湖沿いにメインらしき部分を目指して歩き出す。そのうち、いかにも中国らしい建物にぶつかる。細かい象牙らしき細工物や世界一長い装飾廊下などを見学。なんでもここは皇帝とかお妃さんのお気に入りの遊び場だったらしい。しかし、そのスケールのでかさたるや、ハンパではない。皇帝って、うらやましい職業だ。いいよなぁ。

廊下の途中で、黄油波とかいうパン(4元)とコーヒー(3元)を買う。パンはバターロールのような味で、なかなかいける。コーヒーは、味は普通だがこれまで見たことも無いようなうっすーいビニールコップに入っている。溶けちゃったりしないのかな。心配。しかしこのあたりは杉の木ばっか。すべて伐採したい欲望にかられた(花粉症相原)。

高い建物があったので入ろうとするが、一人10元ということで、断念。しっかし、この国はほんまカネ、カネですな。すごいね。

うろうろ歩き回っているうちに、お茶屋発見。入る。オープンカフェである。ウーロン茶を注文し、席に着くと、隣に座っていたおじさん(後で分かったが店の人だった)が日本語で話し掛けてきた。始めは日本語と中国語を織り交ぜてしゃべっていたが、どうも、韓国語っぽい発音が混ざるので、韓国人ですか?と韓国語で聞いてみると、やっぱり通じて、今度は韓国語でべらべらと喋られる。当然理解できないが。色々話をきくと、どうやら、このおじさんは韓民族系の中国人で、もともと医者であるが、子供を大学に行かせるため、より給料の良い仕事として、ここで、お客の案内をやっていると言う。医者よりも、公園内のお茶屋のおじさんのほうがお金が稼げるとは不思議な話である。この茶屋には世界各地からお客が来るので、日本語を含め、いろんな国の言語を勉強しないと行けないとのことだった。確かに、他の店員さんも、お客に合わせて、流暢にフランス語や英語や韓国語を使いこなしている。すげー。我々の後ろのほうでは、おばちゃんの店員が大声で日本語の例文を叫んでいる。けっこう面白い光景である。このおばちゃんは何回も僕らに日本語を聞きに来た。このくらいの情熱と大胆さが語学の習得には必要なのだろう。

この茶屋は、昔の女帝の離宮の茶所跡を利用して営業していると言うことで、まさに、その当時彼らがお茶を飲んでいた場所で今僕らが飲んでいると思うと、お茶の味もまた格別であった。あまりにも居心地が良かったため、そこで一時間以上もお茶を飲んでいた。もう、おなかは水分でぷくぷく。

おじさんに次の目的地である円明園行きのバスの乗り場を教えてもらい、そこまで、ぶらぶら散歩する。やっぱり広い。これが大昔に人工に作られたひとつの庭園だとは信じられないくらい。

バス停に着いたはずであるが、目的のバスの発着所がよくわからず、またうろうろ探す。いろんな人に尋ねてようやくたどり着くが、間一髪の所でバスを乗り過ごした。待っていると、すぐ乗合の小バスがやってきて「えんめいえんーなんとかー」と叫び始めたので、乗ることにする。このバスはものすごく庶民的。いすがはずれそうでびくびくしっぱなしだった。

無事円明園到着。ここは、大昔は世界一大きな庭園だったらしいが、清朝の時代、イギリス軍などにボコボコにつぶされ、現在はその痕だけが残っている。中国では珍しくギリシャ風の石造りの建物だった「らしい」岩塊がごろごろ転がっている。イギリス軍も派手にやったものである。でも、その神殿の残骸は、その形を見るにつけ、施された彫刻を見るにつけ、非常に立派だったことが一目で分かる。もし現存していたらさぞかし美しい場所だったのだろう。それがいまや、管理する気力すらわかないのか、完全に野ざらし状態の廃墟と化してしまっている。なんとももったいない。歩いて行くと巨大な迷路を発見。ここはかなり状態良く残っていた。当然チャレンジ。ふたてに分かれてスタートしたが、二人とも迷いながらもなんとかゴールできた。昔、皇帝が従者にランタンを持たせて、だれが一番にゴールするか競わせるのを見て楽しんだという。従者も大変やな。っていうか皇帝ってよっぽどヒマやったんやなぁ。

円明園を後にし、最も近い地下鉄の駅まで公共バスにのる。途中ものすごく混雑してくる。中国の公共バスには車掌さんがいて、乗りこんでからお金を払うのだが、これだけ人が多いと、誰から徴収したかぜったい確認できないと思う。地下鉄の駅に着くと、おいしそうな屋台を発見。衛生的にどうかな・・とさんざん迷ったが、空腹には勝てず、中国風のクレープを買った。甘くて辛い醤が絶妙でおいしい。これで、お腹を刺激してしまい、ますますお腹が空いてきた。ホテルに一度戻り、急いでレストランへ。今日はかなり気合が入る。なぜって、あの、北京ダックだから。とうとうこの日が来ました。店は高そうな雰囲気だったが、テーブルクロスに穴が空いてたりして、意外と普通。ちなみに隣の西洋人夫婦はそんなテーブルクロスが嫌だったらしく、交換してもらってた。

はやる気持ちを押さえ、注文。まず、ダックの水かきの部分の涼菜が運ばれてきた。こりこりしていて、面白い歯ごたえである。あじもあっさりしていておいしい。さて、いよいよ、本番。出来立ての丸焼きを半分に切ったものがカートに乗って運ばれてきて、その場で削ぎ落としてくれた。さすがに有名な店だけあって、皮はみごとにあめ色に輝いており、見るからにおいしそう。皮だけを食べるのかと思っていたら、その内側の身も食べるらしい。これも柔らかそうでおいしそうである。クレープの皮みたいなやつにテンメンジャンとダックとネギを巻いてたべる。うん、おいしい。けど、けっこうお菓子って言うかスナックみたいな感じである。そんなに世間でわーわー騒ぐほどのものではないかも、といいつつ、やっぱり皮のところはかりっとじゅわっと、身のところはあっさりと、ついつい後を引くうまさである。結局二人でダック一羽分の半分を平らげてしまった。クレープみたいなのが想像以上に厚く、おなかはかなり満足。これで一人900円ぐらい。いつもの夕食からすればかなり贅沢をしたなあ、と言う感じ。でも、日本で食べたらひとり5000円〜10000円はするだろうなあ。

ホテルに帰る途中、ホテルのすぐ近くのバス停から万里の長城行きの観光バス(でも中国人向け)が出ていることを発見。あしたはこれで移動することにする。

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