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初めてゆっくり目の起床。そして、初めてホテルでの朝食を取った。昨日までは朝が早すぎてまだレストランが開いていなかったのである。何で昨日まで食べなかったんだろう、もったいない、と思うほど立派な朝食。ザーサイと塩卵で食べるお粥はやっぱりおいしかった。ヤキソバみたいなのも。

ホテルをチェックアウトし、空港に向かうまでの間、服の市場と古文化街というところをぶらつく。古文化街では、泊念願の、中国茶器をゲット。相原は、お湯を注ぐと元気良くおしっこするクレヨンしんちゃん似の置物を買った。その後、西安の城壁に昇り、遠い昔の都を一望する。やっぱり西安はもう一日必要である。

ご飯を食べようと、店に入り、メニューをもらおうとするが、ないと言われる。そのあと何か意味不明のことを言われた後に「二人」という単語が聞こえたので、「はい二人」と答えると、その店員はどこかに消えてしまった。いやな予感が的中、なんと、初日に大失敗した肉泡漠用のパンを持って彼女は現れた。細かくちぎれと言われる。とっさに「牛肉にしてくれ」というと、また意味不明のことを言われどこかに言ってしまった。仕方なく、二人でパンを細かくちぎる。とても悲しい時間であった。でも、となりのおばさん(めっちゃいっぱい食ってる!)と話をしていて、発音がいいね、と誉められまんざらでもない泊であった。ちぎり終わったので、お姉さんに持って行ってもらい、スープや具を足して出来上がったものが運ばれてきた。おお!確かに牛肉。羊の匂いは全く無い。これなら少しはましかな、と食べてみると、えっ、なんや、おいしいやん!いけるいける。結局二人ともきれいに食べてしまった(食べきれなかった分はスープの下に隠したよ:相原)。これは、この店がおいしいのか、それとも、牛肉だったからおいしかったのか、よくわからないが、とにかく、見直したよ、肉泡漠!

思いのほか昼食に時間を取ったので、空港に行く約束の時間ぎりぎりにホテルに戻り、現地の旅行会社の人に空港に連れて行ってもらう。やっぱり二人だけだ。もうちょっと連れがいても面白いのになあ、いや、二人がいやなわけじゃないのよ、とかなんとか言ってる間に空港に到着。ここで、またしても飛行機が遅れる。まあ、この国では良くあることらしい。出発まで超ひま。5時ごろ機内食が出る。お腹は減っていないが、とりあえずもらってみると、鶏肉の辛子いため、これはうまい。全部食べてしまった。西安に名残を惜しみつつ、北京に戻ってきた。もう7時である。ホテルで何とかインターネットにつなげようと再び苦戦。北京市内のアクセスポイントは軒並み使えず、なんとか、シェンツェンのアクセスポイントに市外電話をかけ、ようやく成功。メールをチェックするが、なんと、泊の博士過程進学の手続きが24日までらしいことを知る。そんなん、中国におるのに、絶対無理やん!とりあえず、知らせてくれた友達に詳細を教えてもらえるよう返事を書く。ああ、どうなるんやろ。

夜の天安門広場を見るため、外に出る。やっぱり、首都だけあって、すごい「まち」である。高層ビルやホテルが、無意味に広い道路にそって立ち並び、あまり、生活の匂いはしない。まあ、東京で大手町や西新宿の夜をうろうろしているようなものか。ひたすら歩いて天安門広場へ。やっぱり、広いわ。すごいね、中国。

さて、晩御飯、ホテルの近くのわりときれいな家庭料理の店へ。メニューがあるので注文は手馴れたものである。茄子の炒め物と、鶏肉の揚げたもの、肉団子のスープなどを注文。思わず笑ってしまうほど、本当においしい。やっぱり日本を含め、中国、韓国、アジアの食文化は偉大である。それに引き換え、アメリカやヨーロッパのあの大雑把な味覚感覚は、味覚関連のレセプターに変異が入ってるとしか思えない。しかし、この店に限ったことではないが、中華料理は量が多い。本来、もっと大人数で食べるものなんだろう。それでなくとも、さっき機内食をたべているので、かなり胃にこたえる。泊は早々にリタイア、相原選手にすべてが任される。しかし、そこは、さすがの相原選手、食べるわ食べるわ。何で、こんなに食べるのに太らないんかなぁ。そうそう、良く食べると言えば、中国人もすごい量、しかも油ギトギトを食べてるのにあんまり太ったひとは見ないな。世の不公平を感じる泊である。もう食べれない、というほどお腹いっぱいになってホテルに戻る。明日の予定はまだ未定である。

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