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あさ6時半起床。言われたとおり朝8時に、鐘楼前のバス停に行き、西の郊外のツアーに参加する。とりあえず、昨日渡された紙切れを差し出し、言われるがままにバスに乗り込む。周りは中国の人ばかりでとまどいながらも、「にーはお」と挨拶してみる。「このバスで合ってるんかな」と思っているうちにバスは発車、でも少し走ったところで停車し降りろといわれる。どうやら、西安駅前からのグループと合流するらしい。新しいバスに乗ると、なにやら、すごくにぎやかな一団に出くわす。しかも日本語である。若い女性2人と男性一人、おじさん一人という妙な組み合わせ。とりあえず様子を見るため、聞き耳を立ててみるが、どうも正体不明なので、思いきって話し掛けてみると、どうやら、女性の一人と叔父さんは北京大学の留学生友達らしく、彼らをつてに大学生のカップルが遊びに来ていたらしい。女性陣は明らかに相原が嫌いそうなタイプの派手っぽい(っていうかうるさい)感じであるが、これも何かの縁、色々話をしながらバスは進んだ。でもまぁ悪い人たちではなさそう。ともかく、中国語の解かる人がいてくれるのは心強い。他はみんな中国人で、1人の声のきれいなおねえさん、おじいちゃん、ヘビースモーカーのおっさん、好感のもてるにいちゃん、そして中年カップル、など。出発。

どこにつれて行ってくれるのか、と思いきや、歴史テーマパークというか、蝋人形を使って歴史的事実を説明しているような場所に次々と案内される。あれ?遺跡は?といっているひまもないくらいである。しかし、説明が全部中国なのでさっぱり意味がわからない。北京大学の彼らもあまり理解していないらしい。そんな我々に引き換え、中国人の参加者の皆さんは、本当に興味深そうに、説明を聞いている。ああ、中国語がもっとわかったらなあ、とも思うが、どうも、それだけではないらしい。中国の人にしてみれば、まあ憶測に過ぎないが、普段は比較的小さなコミュニティの中で、ともすればあまり変化の無い生活を送っているのであろう。そして、めったに行けない旅行で、もしかすると初めてテーマパークというものを見ているのかもしれない。思えば、僕らは遊園地とかゲームセンターとか、そう言う娯楽に慣らされすぎていているのだろう。また、中国の歴史的な背景も良く分かっていないので、いまいちそれぞれの蝋人形の場面もピンと来なかった。っていうか、人形がちゃちすぎて何を表現したいのかさっぱりわからんこともしばしば。でもやっぱり、歴史の教科書一冊でも持ってくればよかったなあ、と思ううちに、今日の目的地である乾陵に案内される。

まずはメシ。誘われるまま、日本人グループで食事を取る。注文に手間取り、他の人たちから大幅に遅れてしまう。中国人はみんな手軽な麺類で済ませてしまったようだ。ちなみに中国人は1人同士でもいっしょに食べようということにはならないようだ。その後、見学開始。

首の無い兵士の像が61体並ぶ様はやはり圧巻であり、また、王の墓と言われる丘からまっすぐに地平線まで伸びる一本の道は、まさに大陸。雄大という言葉ではとても足りない。来てよかったねえ、と言いながら片道100kmの道のりを西安に引き返した。結構国営のツアーも悪くないな、と言う話になり、明日も東の郊外のツアーに参加しようと言うことで、券売所に向かう。何とか、つたない中国語で券を購入し、晩御飯に向かった。昨日の大ハズレを反省し、今日はちゃんとしたものを食べようと、ガイドブックに載っている店を目指すが、結局見つからず、その辺の餃子屋に入った。言葉の壁もそろそろ苦にならなくなってきた。餃子2人前と肉まん2つを2人で食べる。やっぱり食べなれているので、安心できておいしい。でもこっちの料理は量が多く、かなりお腹いっぱいになってホテルに戻った。歩きつかれてすぐに寝た。明日も早い。

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